重要文化財
阿弥陀如来立像
鎌倉時代前期
1躯
像高80.5cm
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信仰と美をあらわす、
尊きみほとけ
如来堂のご本尊・阿弥陀如来立像は高田派第10世、真慧上人が比叡山より受領した伝承を持つ尊像です。


高田派が浄土真宗の正統と認められた証として「証拠の如来」とも呼ばれ、篤い信仰を集めています。
本像の製作年代は、鎌倉時代中期、13世紀後半頃とされ、慶派仏師・快慶の様式を今に伝えます。



体を前傾させて左足を踏み出して立つお姿で、衣には、細緻な切金文様、足裏には足枘はなく、朱塗りで仏足文が描かれており、銅柱を蓮台に突きさして本体を支えています。
手足の爪には金属を用いるなど、細部にわたり精巧な造りが施されています。
信仰の尊さと彫刻美術の結実を今に伝える、貴重なご尊像です。





仏足文
切金文様

快慶
生没年不明。鎌倉時代初期に活躍した慶派の仏師。運慶とともに鎌倉彫刻の新様式の完成に重要な役割を果たした人物として並び称されてきた。
慶派仏師
平安時代後期から江戸時代に至る奈良仏師の一派。各時代で名工を輩出している。
鎌倉時代
源頼朝が鎌倉に幕府を開いてから、元弘3年(1333)北条高時の滅亡に至るまで約150年間の称。
証拠の如来
専修寺本尊である阿弥陀如来立像の別称。快慶その人か、あるいはその直弟子の作品。比叡山での7日間の講義によって高田派の正統性を認められた証として、延暦寺から真慧上人に贈られた。専修寺の教義と宗派の正当性を象徴する像。
高田派
浄土真宗の一派。正式名称は真宗高田派。開祖は親鸞聖人。本山は専修寺。その教えが関東に広まる過程で真仏上人、顕智上人らにより基盤が築かれた。
真慧上人
浄土真宗高田派専修寺の第10世法主。専修寺を栃木県高田から三重県一身田に移転させるきっかけを作った中興の祖。1434–1512。
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