重要文化財
御対面所
江戸後期 天明5年 1785
桁行24.5m
梁間19.5m
一重
入母屋造
妻入
本瓦葺
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華麗な障壁画に
包まれる空間
対面所はかつて「召見殿」と称され、大正元年まで御法主が檀信徒と対面するために使用されていたため、現在は「対面所」と呼ばれています。
入母屋造、妻入、向拝には唐破風が設けられています。
内部は三列に並ぶ五室ずつの座敷で構成され、中央列奥の上々段の間には、津藩御用絵師・紀宗浄による、大きな松と丹頂鶴の壁画が描かれています。
左手の上々段は仏間で、中央に阿弥陀如来立像、右に第10世真慧上人、左に第14世堯秀上人の坐像を安置しています。
堯秀上人
浄土真宗高田派専修寺の第14世法主。住持職を息子である堯朝上人に譲られた後、一身田の大火で御堂焼失にあわれ、再び住持職にとして御影堂再建に努められた。1582-1666。
真慧上人
浄土真宗高田派専修寺の第10世法主。専修寺を栃木県高田から三重県一身田に移転させるきっかけを作った中興の祖。1434–1512。
大きな松と丹頂鶴の壁画

妻入
建物の妻側(三角形の破風面がある側)を正面とし、出入口を設ける構造様式。

唐破風
中央が高く、左右になだらかに流れる曲線をもつ独特の屋根。

入母屋造
母屋を切妻造とし、その四方に廂を葺き下ろして一つの屋根としたもの。

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