重要文化財
御廟唐門と透塀
江戸末期 1830-1867
御廟唐門
四脚平唐門
檜皮葺
東方一四間
西方一二間
潜門付
檜皮葺
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霊廟を守る、
華麗なる門
御廟唐門は、寛文12年(1672)に造営された親鸞聖人の霊廟の正面に建てられた門で、長押や柱の間ま、扉に至るまで美しい装飾彫刻が施されており、両脇には東西に長く延びる透塀がつながって霊廟全体を囲んでいます。
透塀には細かな菱格子とともに、水仙・蓮・土筆・タンポポといった草花の彫刻が腰廻りにあしらわれており、これらの意匠は幕末に活躍した花鳥画家・山本梅逸の図案によるものとされています。
唐門と透塀は一体の構成として、奥にある親鸞聖人の墓所とその周囲に並ぶ専修寺歴代上人の墓所を荘厳に囲み、専修寺における建築・装飾の両面で重要な遺構となっています。
山本梅逸
江戸後期の文人画家。尾張出身で南画をよくし、淡雅な山水や花鳥を描き、詩情豊かな画風で知られる。1783-1856。
透塀

長押
柱を水平方向につなぐ材。鴨居の上から被せたり、柱間を渡せたりするように壁に沿って取り付けられる。

親鸞聖人
浄土真宗の開祖。見真大師。比叡山で修行後、法然に師事して専修念仏を学び、承元の法難で流罪となる。越後・関東で布教し、『教行信証』で他力本願を体系化。信心による救済を説き、日本仏教に革新をもたらした。1173–1263。
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