国宝
御影堂
江戸中期 寛文6 1666
桁行九間
梁間九間
一重
入母屋造
背面軒下張出付
向拝三間
東面張出付
桁行一間
梁間一間
入母屋造
妻入
本瓦葺
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時を超えて、
親鸞聖人に出会う
宗祖親鸞聖人の木像を中央の須弥壇に安置し、歴代上人の御影を敬置しているお堂です。
畳780枚が敷かれており、全国の国宝に指定されている現存木造建築の中でも5番目の巨大な堂です。
正保2年(1645)の大火による伽藍焼失後、津藩からの寄進によって現在の地に建造されました。
本堂の再建にあたっては、建物の向きを西方浄土の方向に向かってお参りできる様に東面にする予定でしたが、伊勢湾からの潮風などの地理的条件や気候条件などから南面になりました。
寛文6年(1666)に上棟、延宝7年(1679)に落慶供養法要が行われ、その際読み上げられた願文が現存しています。
建築様式は純和様で、落ち着いた外観になっています。
妻飾りは標準的な二重虹梁組みで、三つ花懸魚の見事な細工が施されています。
妻廻り全体を銅板張りにして、破風板に金色に輝く五七桐紋の金具を貼り重厚感を感じさせるつくりになっています。
正面軒下の身舎と向拝とを繋ぐ虹梁は、江戸幕府御用大工が用いた虹梁で、この堂の建築の特色のひとつです。
江戸幕府
1603年に徳川家康が開いた武家政権。約260年にわたり日本を統治し、幕藩体制を確立した。1867年に滅亡。
虹梁

向拝
社殿や仏堂で、屋根を正面の階段上に張り出した部分。導師や参拝者が堂舎の正面から礼拝出来る施設。

身舎
建物の中心部分を指す建築用語。主屋ともいい、周囲の庇に対して内部の主要空間を意味する。
五七桐紋
中央に7枚、左右に5枚の花弁を配した桐の花を図案化した日本の伝統紋。古くから高貴さや権威の象徴とされ、皇室や豊臣秀吉、政府の紋章にも用いられた。

懸魚

虹梁
建築で柱間に架け渡す装飾的な梁。反りを持つ形が特徴で、寺院や社殿の意匠を引き立てる。

妻飾り

親鸞聖人
浄土真宗の開祖。見真大師。比叡山で修行後、法然に師事して専修念仏を学び、承元の法難で流罪となる。越後・関東で布教し、『教行信証』で他力本願を体系化。信心による救済を説き、日本仏教に革新をもたらした。1173–1263。
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